はじまり

生まれたばかりの魚の涙が
ぽつりぽつりと空に落ちて
やがて月になったという。

品格

雨間に見上げた鉄塔に
不細工な鳥が一羽
飛び立つこともせず
夢見ることもせず
濡れた羽を広げ
高邁に
貴方の名前を歌い上げた

意気地なし

最後の鉛筆を削りきったら、
いつか君が憧れた、
水色の消しゴムをあげるよ。
君の大事な痛みも傷も、
捨ててしまいたい幸せも、
それ一つですべて消せるよ。
けれどノートを埋め尽くした、
鉛筆で書いた何もかもは、
もう絶対に消せないよ。

飽き性

声はビー玉に反射して
空腹はますます高まり
苔の生えた水槽の底
数字の羅列で喉を潤している

明々後日に見た夢


開け放した窓から
侵攻する雨音が
心音と同期して
やがて雨音が止むなら
きっと心音も止むから
公園の子供たちの声だけが
青空に
高らかに

シャワールーム

食物センイ入りのケミカルなドリンクが好きだと言うとそれは自傷癖ではないかと私は言った。ジショウヘキというのは自らの身体を切り刻みたい願望のことだろうと僕が言うとそのガンボウを持っているだろうと私が言う。確かに包丁を扱っているときに手が滑ったふうを装って左手人差し指の肉を削ぎ落したこともあるし使い方を誤ったふうを装って右手親指の指紋に沿ってカッターの刃を滑らせたこともあるし「手相は自分で伸ばしても良い」と聞いて大義名分を得たと左掌の頭脳線に沿って小刀の刃を走らせたこともあるけれどジショウヘキというにはあまりにもオソマツすぎて笑えるほどではないか。指のサカムケをむしりとって第一関節あたりを締め上げ丸く盛り上がる血液を見るだけで満足できるほどなのだから抱腹絶倒。それでも例えば雨の中カサをささずに帰ることが出来るかと僕が問うても私は何も答えられずにただじっと流れ出る赤黒いソレを見つめるだけなのである。


トマトケチャップに似た
赤い赤い甘いドロドロを
小指の先でぬめりとすくって
機械的な仕種で
唇に薄くひいて
満足気に笑えばいい。

意味と罰


キーボードを一つ叩くたびに
私の記憶が羽虫となって
部屋の中を飛びまわるから
うるさくて仕方が無いのです。
だから殺虫剤の代わりに
煙草の煙を吹きつけているのに
彼らはモニターの中に逃げていくから
煙草の煙も届かずに
ただ羽音だけが聞こえるのです。

モノクロ


黒い服の胸元に
墨汁をこぼしてしまったから
たっぷりと漂白剤をつけて
洗濯機に放り込んで
もう一週間は回しているけど
全然白くならない

選択


そのスプーンを私にください。
そしたらこのスープを全部あげます。